APF選手 コンテスト

人力車を引いていた30歳、3度目の挑戦でフィジーク総合優勝 「肩の筋肉に立体感が出た」

かつて人力車を引いていた吉田光(よしだ・ひかる/30)さんは、脚に比べて上半身が細く、胸板の薄さや腕の細さを課題に感じていた。食事量とトレーニング頻度を増やし、上半身を重点的に鍛えてきた。10月18日(日)、東京・武蔵村山市民会館で開催された『APF ALL OUT CHAMPIONSHIPS 2026』のフィジークモデル・クラス30で初優勝。さらに、各クラスの優勝者が競うオーバーオールでも優勝を果たした。

クラス30での優勝は目標にしていたものの、総合優勝までは予想していなかったという。トロフィーを持ち上げた瞬間、「やったんだな」という実感と喜びが込み上げた。仕事とトレーニングの両立に苦労していた時期でもあり、「少し報われた」と感じた大会だった。

【写真】吉田光さんの丸みのある肩で魅せるバックポーズ
吉田光さん

人力車で鍛えた脚、ジムで育てた上半身

高校2年生のとき、テレビで見た色黒筋肉質で爽やかな人力車を引く人に憧れ、進路希望調書に「人力車」と書いた。高校卒業後は人力車を引く人として働き、東京・浅草や京都・嵐山などで観光客を案内した。

人力車を引いて走る仕事や野球の経験で、脚はもともと発達していた。一方で、上半身は細く、全体としてスリムな体型だったという。「痩せやすい体質で、腹筋は常に割れているという良い部分もありましたが、胸板が薄く、腕も細くなってきていて、理想の体型ではありませんでした」と振り返る。

ジムに通い始めたのは2022年8月ごろ。きっかけは、人力車時代の先輩からの誘いだった。当初、ジムに行く頻度は週1~2回ほどだった。大会にはいつか出たいと思いながらも、身体のサイズが足りないと感じ、出場はまだ先のことだと考えていた。ところが2024年の年明け、先輩と「今年、大会出ちゃおう」「秋を目指してやろう」と話し、出場を決めた。

出場を決めてからは、仕事の日もジムに通い、頻度は週5~6回に増えた。吉田さんが意識したのは、毎回のトレーニングで全力を出し切ることだった。「脚のトレーニングで吐きそうになったり、背中を追い込み過ぎて翌日に高熱が出たりしたことも、記憶では3回ほどあります(苦笑)」と振り返る。

出場を決めてから食事量も増やし、身体を大きくすることに取り組んだ。約10年間、64~65kgほどで一定だった体重は、一時77kgまで増加。ステーキに加え、牛丼やハンバーガーなどジャンクフードも取り入れながら、とにかく食事量を増やすことを意識した。「朝食からご飯2合とかですね」と話す。米2合を炊いたご飯は約680g。一般的な茶碗1杯を150gとすると、約4杯半に当たる。食事量とトレーニング頻度を増やした時期に、身体つきも大きく変わっていった。

痛みをきっかけに選んだマシン

フィジークに向けた身体づくりでは、もともと発達していた脚を鍛える頻度を抑え、胸や背中、肩など上半身のトレーニングに力を注いだ。特に胸は弱点だと感じていた。肩のトレーニングは胸や背中、腕を鍛える日にも組み込み、取り組む頻度を増やしてきた。

肩のトレーニングでは、以前はダンベルショルダープレスを行っていた。しかし、肩の痛みや肘の怪我を繰り返す中で、ダンベルをスタートポジションに構えるとき(一般に「オンザニー」などの方法が使われる準備段階)に痛みを感じることが多かったという。怪我を悪化させたり再発させたりしないよう、ハンマーストレングスのプレート式ショルダープレスをメインにするようになった。

「マシンの方が肩にピンポイントで重さが乗る実感があって、僕は好きです」と吉田さん。マシンに切り替えてから、しばらくダンベルショルダープレスは行っていないという。メインセットでは片側40kgほどを扱い、合同トレーニングで仲間の補助を受けるときには、さらに重量を上げることもある。

「ハンマーのショルダープレスをやり始めて、肩に立体感が出た気がするんです」

肩の前部・側部・後部を別の日に鍛える工夫もしている。胸の日には前部、背中の日には疲労を見ながら後部、別の日には側部を中心に鍛えるなど、他の部位と組み合わせている。肩を鍛える頻度を増やしたことも、見た目の変化につながったと感じている。

一方で、フリーウエイトにも身体を強くする良さがあると考えている。現在の状態については、肘に少し痛みがある程度だという。次の増量期には、ダンベルショルダープレスを再び取り入れることも考えている。

人力車で学んだ「而今」

もともと高校時代から日本史が好きだったという。人力車の仕事では、観光客に寺社を案内するため、日本の歴史や禅などについて学んだ。そうした中で親しんだ禅の言葉の一つが「而今(じこん)」だ。「今この瞬間を生きる」という意味が、自身のトレーニングに対する考え方にもしっくりきた。

「過去の出来事や未来への不安などにとらわれがちですが、大事なのは、今この瞬間だと思っています」

自分がトレーニング中に着たいTシャツをつくろうと、趣味で始めたTシャツブランド「GICON」の名前も、この言葉に由来する。

吉田さんは、細かった上半身を変えるために鍛える部位の優先順位を見直し、肩や肘の状態に合わせて種目も選び直してきた。その経験は、自分の身体のどこを変えたいのか、今の方法は自分に合っているかを確かめるきっかけになる。今の身体に目を向け、今日できる工夫を重ねる。競技に出る人にも、日頃ジムに通う人にも生かせる、身体づくりの姿勢だ。

■ワンポイント用語
APF(エーピーエフ):Asia Physique Federationの略。フィジークやモデル系の部門などを設けたボディコンテストを開催する団体。
フィジークモデル:サーフパンツを着用し、筋肉の発達や身体のバランス、ステージ上での立ち振る舞いなどを競うAPFの部門。本文の「クラス30」は30~39歳を対象とした年齢別クラス。
オーバーオール:各クラスの優勝者が集まり、総合優勝を決める審査。
オンザニー(On-the-Knee):座った姿勢で太ももの膝寄りにダンベルを置き、脚の動きも使って開始位置へ持ち上げる準備動作。ダンベルショルダープレスなどで用いられる。
而今(じこん):曹洞宗の開祖・道元禅師が著書『正法眼蔵』で説いた禅の言葉。「今、この瞬間」を意味し、「にこん」とも読む。過去への後悔や未来への不安にとらわれすぎず、今、目の前にあることに心を向け、一瞬一瞬を大切に生きるという教えとして親しまれている。日々の行いを積み重ねることが未来につながるという考え方で、吉田さんは自身のトレーニングに向き合う姿勢と重ねている。

取材・文:久米大郎 写真:高坂裕希

執筆者:久米大郎
数学書の編集者、フィットネスライター。都内の出版社に勤務する傍ら、自らもボディビル競技に取り組む。2024年マッスルゲート埼玉大会ボディビル65kg以下級3位、2025年東京ノービスボディビル選手権大会男子ボディビル55kg以下級2位。筋トレ情報サイト「FITNESS LOVE」では、競技者としての経験と編集者の視点を生かし、選手の挑戦や身体づくりの工夫を伝えている。徳島県徳島市出身、神奈川県大和市在住。

次ページ:吉田光さんの丸みのある肩で魅せるバックポーズ

-APF選手, コンテスト
-

次のページへ >





おすすめトピック



佐藤奈々子選手
佐藤奈々子選手